episode 8 源泉掛け流し
メイトがトレイに乗せて運んできたのは、飴色をした小さなベルトのような革製品だった。それをアーサーの前に置く。別のメイトが音もなく現れ、シャドウリップと私、そしてアーサーの前のグラスにワインを注ぐ。欲情を誘うしなやかな身のこなし。
「苦痛を厭わない人間というのがいるだろう?」
アーサーが話を続ける。
「大佐と呼ばれるその男は、連邦政府軍の特殊部隊「デルタ・ショット」の精鋭だった。2169年のカリクヴィー派掃討作戦で捕虜となり、5年後に救出されて除隊した後も傭兵として紛争や内戦の地に出向いている。たまに帰国すると私の店に来るんだが、そいつが面白いやつでね。
初めて会ったのは救出直後の叙勲式でだった。軍のお偉方の紹介だ。仕事柄、軍の上層部の連中や特殊部隊のエリートは客でもあったり、逆にこちらが客になることも多々あるから、こうした機会は逃せない。
会った瞬間にわかったよ。コイツは只者ではないってね。特殊部隊ってだけでも並の人間ではないのは確かだが、奴の目の奥を見たらわかる。深い闇があるんだ。
最初のうちは無口だったが、だんだん打ち解けて色々話してくれた。ダインシーン紛争で完全包囲の網を掻い潜って脱出した顛末やら、惑星外生命体の実験施設と世間で長らく噂される「Gスポット」が実際あるのかどうなのかやら。
極め付けは捕虜になった時の拷問の話だ。
映画なんかだと結構早い段階で指を潰しにかかったり、ナイフで切り刻みにかかるだろう?でも実際はそんなんじゃない。指は潰してしまうとそれで終わりだから手足合わせて20回。まあ、徐々にやっていけばその三倍ぐらいはいけるだろうが、それでおしまいだ。数日でネタ切れになってしまう。
特殊部隊の連中は当然訓練していて、痛みは頭の中でその感覚を切り離して客観的に眺めることでいくらでも耐えられるらしい。だから、相手もそれを見越して肉体的な拷問は最初に挨拶がわりにするだけだと。たまにそれで落ちるやつがいるからやってみる程度のものなのさ。
大佐によれば、人間は痛みには耐えられるが、恐怖には耐えられない。恐怖は頭の中で切り離そうとしても切り離せない。恐怖は無意識のさらに奥の「生き延びる」という生命の推進装置そのものを破壊するようにできているんだ。
推進装置、とはなかなか面白い例えだと思ったよ。この男には独自の哲学もしくは科学がある。
恐怖を与えるためにありとあらゆる手段が考案されていると思うだろう?でも実はそんなに手の込んだ手段は必要ない。なんなら私でも出来るのだそうだ。もちろんシェイブーキーさん、あなたでも。それは何かって?
水責めさ。
体を平らな硬い木の台に縛りつけられ、顔に布を覆い被せる。そして布ごしに鼻と口に水をひたすらかけ続けるんだ。これだけで、溺れている感覚にいとも簡単になってしまう。溺れるという恐怖。一旦恐怖が呼び覚まされれば、それに耐えるのは困難だ。頭で拷問だと言い聞かせていてもその理性を恐怖が凌駕する。やがては口を割ることになる。
なぜ大佐は5年にわたってそんな拷問を耐え抜いたのか。疑問じゃないかい?当然私もそう思った。いくら訓練を受けていたとしても、それが永遠に耐えられるとどうして保証できる?
”推力をあらかじめ止めてしまえば良いんですよ。”
彼によれば、ありとあらゆる欲望を満たす事でそれが可能になるのだという。生命の推進装置は欲望をその熱源として必要とするらしく、それを自分で先に絶ってしまうことができれば、恐怖はもはや存在しないようなものだと。
”簡単に言えば、絶頂した後のアレですね。アレを全ての欲望に対してやっておく事です。もちろんそれは物理的にも時間的にも体力的にも不可能なので、想像力も必要になります。どれだけ欲望を想像し、頭の中だけで満たすか。”
言うのは簡単だが、そんなことをできる人間はほんの極一握りだ。
”ただ、止めた推進装置にもう一度火を入れる必要があって、それが大変なんです。戦うには生き延びたいという推進装置が当然欠かせないので。”
話を聞くと一番効果的なのは性的絶頂を感じることだという。それも理性が崩壊する程度には極限まで突き抜けた。
そこで閃くことがあったので、提案した。
”私にお手伝いさせてもらえませんか?とっておきのプレイをご提供できると思います。1週間ください。”
私には水責めの話から既に大佐が求めていることは手に取るようにわかったよ。大佐を木の板に縛り付けて目隠しして水責めにしてやれば良いだけの話だってね。
1週間後に私の店に大佐はやってきた。もちろんこの時点では何も知らせていない。
まずはウチの最上級のメイトでもてなす。今あなたが座っているそのソファ。そこに大佐がくつろいで座っていると思いたまへ。部屋には鼻をくすぐるシャンパンハニー製フレグランスの秘部をかすかに思わす甘い香りがそれとなく漂う。口に含めて舌の上で転がせばコクと塩味の素晴らしいバランスを感じる、シェブキヌーレイ地方のビラ山羊の乳から作ったシェーブルチーズ。ワインは「ダンコーンの血」と言われる「オパティートニプル」の赤。酔うというより立ち上る欲情に包まれる組み合わせだ。
もちろんこの段階では大佐の欲望が隆起することはない。ただ、無意識を操るには入念な前戯が何よりも効果的なのは確かだ。ある意味、拷問とも共通するところがある。焦らせば焦らすほど、欲望が自ら熱を持ち始めるのさ。
頃合いを見て、別のメイトが大佐の背後から忍び寄り頭に麻袋をかぶせる。この役割のメイトを選ぶのは苦労した。なにしろ特殊部隊のエリートの背後をとれる人間なんてそう簡単に見つかるものではないからね。1週間必要だったのはこれのせいさ。
ああ、先ほどあなたにオパティートニプルを注いだのが彼女さ。素晴らしい肢体だろう?無駄な動きが一切ないのに優雅な身のこなし。本人は多くを語らないが、あの身のこなしと頭の切れ具合からして情報部の出身だろうね。
麻袋を被せた後はご想像通り。別室に大佐を引き摺っていく。コンクリート打ちっぱなしの無機質な部屋の中央に、黒地に赤の木目が鮮やかに層を成して波打つダンコーンローズウッドの一枚板の細長いローテーブル。それに大佐を縛り付ける。
拘束具は全て、手触りが他にはない「縛られ天国」ブランド、トガムーチ牛の子牛の本革で作られた超高級品だ。」
アーサーが先ほどメイトが運んできた革製品を手に取る。
「これがそれさ。」
わざわざこの話をするために拘束具を運ばせ俺に見せたっていうのか?と意図が見えないアーサーの行為を訝しく思う。そんな俺の戸惑いに気づいた素振りを見せずアーサーが先を続けた。
「早朝からオパティートニプルをしこたま飲んだ10人のメイトがハイヒールの音も高らかに部屋に入ってくる。壁に一列に並ぶ。そしてまず最初の一人がテーブルに歩み寄り、縛り付けられた大佐の顔の上にまたがる。ヒールの音がコツコツと近づいて止まった時点で大佐が膨らみ始めるのがわかったよ。
オパティートニプルを飲んだ後の溢れは特別なんだ。普通じゃない。まさしく黄金色だ。まるでメイトが絶頂するときに感じる眩い光に満ちた悦びを集めたかのようだ。
”それ”がメイトの三角地帯の付け根から迸り、麻袋に包まれた大佐の顔に降り注ぐ。飛沫が床を濡らす。
大佐が叫び出す。拘束具がちぎれそうなぐらい体を激しく捩りながら。
”わかった!わかった!話すから。全て話すから、続けてくれ!”
狙い通りお気に召してくれたよ。
とんでもない額のサービス料金になったんだが、彼ほどの経歴ともなると傭兵としての報酬もそんじょそこらの富豪じゃ歯が立たない額になるようでね。あっさり現金払いだったよ。頭のおかしい権力者と、欲望装置と化した大衆の無知とが掛け合わさって世界の至る所で争い事が続く限り、私の店は安泰かもだ。
こうして彼は私の店の上得意になったのさ。以降帰国して連絡を寄越す度に”源泉掛け流しを”とだけなのでプレイ名はそれをそのままつけている。面白い男さ、大佐は。」
アーサーは拘束具を顔の前で満足げに眺めながら俺に悪戯っぽく目配せした。