episode 7
“Amazon prime”

アーサーに促されて、深紅に染められた本革張りのボックスシートに腰を下ろす。アーサーがメイトの一人に目配せする。滑らかなクリームブラウンの裸体に、黒のガーターベルトとレースで縁取りされたニーハイストッキングだけを纏ったメイトは、ピンヒールの軽やかな足音とともに薄暗がりに消えていった。

アーサーがこちらを向き、静かに話し始める。

「我慢すればするだけ、その後の放出と開放はカタルシスだろう?

私はそれがとても気に入っていてね。なんだってそうだろう?簡単に手に入るものなんてすぐ飽きる。金と権力さえあればなんだって手に入るし今の私は実際そうだ。だがね、そんな私が人生に満足しているかと言ったら、そうでもない。結局欲しいと望んで手に入らないものがあるからこそ、それに向かって私は自分を奮い勃たせるのさ。

私のことはともかく、この秘肉屋では人々のありとあらゆる欲望を叶えて来た。絶頂とその後に訪れる永遠に続くような幸福の高原。それを手に入れたくて何度も訪れる連中は、自分がすでに抜けられないプレイという名の、欲望の蜜に溺れていることに気づいていない。私はその蜜を注ぎ足してやるだけでいいってわけだ。

私が秘肉屋を始めた頃はまだ性への欲望のヴァリエーションが少なくてね。それはこの業界が、ということにとどまらず社会全般にそうだった。例えば排泄を基軸にしたプレイはそもそもタブーですらなく、そんな発想自体がなかったのさ。知らなければ誰もそこに快感を見出さないし、ましてや背徳感は言わずもがな、だ。世の中行き詰まってたんだよ。

社会がよりダイナミックに動きだすためには、性のエネルギーを増すことが不可欠だ。そのためにも、欲望の蜜を社会という乾き切った体に垂らして、性の味わいを一層深く濃密で多角形なものにしてやらなければならない。そこで、私の出番ってわけだ。最初はイージーなものから。SMプレイはすでに市民権を得ていたが、そこに排泄を入れ込むのはなかなか簡単にはいかなかったよ。そこで目をつけたのが、政治家やら経営者やらだ。シティの権力者は変態性という点で真のエリートだったから、彼らの間では排泄がらみのプレイはスワッピングパーティーのスパイスとして毎週末たしなまれていたからね。連中を上客とすることさえできれば、その先は順風満帆かもだ。

とはいうものの、私の思いつく欲望の蜜は最初は連中になかなか味わってもらえなくてね。ちょっと行き詰まっていた時に「女神アーフレの聖水シリーズ」を読んでいたら「21」というプレイの話が載っていた。生き物の排尿にかかる時間は概ね平均21秒になるっていうあれだ。私はこれを実際のプレイとして秘肉屋でやってやろうと考えたのさ。

結果、これがきっかけで上客を掴むことに成功した。一旦成功の歯車が噛み合い回りだすと、あとは面白いように蜜を供給することができた。私が自分で思いついて今でも気に入っているのは「Amazon prime」ってやつだ。どんなプレイかわかるかい?」

「あのAmazonですかね?とは言ってもどんなプレイか見当がつかないが。」と答えた。こちらが聞くまでもなく話を紡いでくれるのはありがたい。アーサーは先を続ける。

「8時間という長尺のプレイタイムが必要なんだが、その内容は至ってシンプルだ。8時間トイレに行ってはならないというルールさ。1時間に500mlのペースで何かしら飲み物を飲んでもらう。ロマネコンティでも、ラフロイグ69年ものでも。ウチの最高級メイトの聖水という選択肢もある。いずれにせよ、飲み、そして我慢してもらう。

このプレーは秘肉屋が用意した公共スペースの特別ブースでやってもらうことになっているんだ。何箇所か秘密の場所に設置しているが、あなたには特別に一箇所だけ教えてあげよう。シティーの証券会社が集まっているGoldenBalls ave.に行ってみるといい。中心部のオープンスペースに「称えよ、ダンコーン」というモニュメントがあると思うが、そこの土台は光学シェードでできている空洞のブースなんだ。普段は黒いシェードがかかって中は見えない。

プレイ客には裸に靴下のみの格好でブースに入ってもらう。客の腹と背中には自分の名前を飾り文字で入れる。文字入れはウチの腕っこきの装飾文字職人が豪華に描いてくれる。素晴らしい出来栄えになること間違いなしだ。タトゥーもオプションでありだ。見惚れるほどに美しいし、プレイを完遂したら、何よりの思い出になるからね。

ブースに入ったらプレイ開始だ。もし500mlを1時間ごとに飲み切れなかったら、シェードが透明になり、裸に靴下の格好を美しい飾り文字の自らの名前とともに公衆の面前に晒すことになる。もし我慢できなくて漏らしてしまっても同じことになる。SNSのおかげで、瞬く間に自分の痴態と名前が世界に広がり未来永劫残るから、それまでに築き上げてきた社会的地位も栄光も名誉も全て一瞬で吹き飛ぶだろうね。それでもいいって奴でない限りは途中棄権は避けたいだろう?いくら世の中が変態性に対してオープンマインドになったと言っても、やはり排泄を趣味とすることを平然と受け入れるほどに成熟してはいないからね。

8時間無事耐え切ったら、心ゆくまで存分に開放すればいい。GoldenSplashさ。その瞬間は並の絶頂では味わえない真っ白で純粋な感覚らしい。私は試したことがないがね。策士策に溺れる訳にはいかないのでね。

これが「Amazon prime」プレイだ。8時間の作業中トイレに行くことはこれを認めない、というのはAmazonが最初に始めた倉庫作業員の遵守規定らしくてね。ウチの上客の、特に経営者連中にはネーミングも含めてこれが受けたのさ。もちろん上客は皆、ウチのprime会員さ。」

先ほど暗闇に消えたメイトが、鏡のように磨かれた銀の丸いトレイを左の指先で支えながら戻ってくる。