episode 6
”丸く小さい鼻”
シャドウリップが”アーサーの秘肉屋”の正面に車を止めると、即座に車係が駆け寄ってくる。歓楽街でバレットパーキングとは随分豪勢だな、と思いつエントランスに目をやると、ドーリア式の建築を模した黄金色の石柱が両脇に並ぶ、ベルベッドの通路が奥へ延びていた。柱の隙間からはバーやダンスホールがあるのが見える。大音量で最近流行りのピカレスエレクトロニカが流れている。無調性で低音域が増幅され、さらにはビートレスで終わりが見えないこの音楽がここまで流行るとは、当初誰も思っていなかった。しかし、幻惑剤のblack,bold,brutal mixを併用しながら交わると、ある種の共感作用により交わり合うもの達のお互いの絶頂感を取り込み増強する感覚が味わえるとわかって以来、ありとあらゆる都市の歓楽街で爆発的な人気を誇るようになった。
Tバック、トップレス、レザー、スパンコール、ガーターベルト、紐、縄、レース、羽飾り、ボディペインティング…剥き出しの肌が触れ合わんばかりにフロア全体に客とそれを誘う”メイト”と呼ばれる従業員が溢れかえっている。
シャンパンハニーの香りと、欲情アクセラレーターミストが、汗と熱気でむせかえる空気に染み渡り、人々を恍惚で潤んだ表情に変えていく。
人混みをかき分け、奥のVIPルームと思しき扉にたどり着く。高級ランジェリーだけを身に纏ったジェンダーレスのメイトが扉を開け、シャドウリップと俺をvipルームの中でも一段高いボックスシートへ案内する。
「最もこの街に相応しくない知性がここにいるということの奇跡、ですな」
穏やかで低く魅力的な声が、ボックスシートへのステップに足をかけた瞬間に聞こえた。
「ようこそ、シェイブーキーさん。アーサーです。」
薄く金を吹きつけた色付きレンズを琥珀のフレームにはめ込んだ眼鏡をかけ、うっすらと口髭を生やした肉付きの良い男が立ち上がって手を差し出す。上質のジャガードのスーツを身に纏い柔和に微笑む表情の奥で、前戯なし街の大物に違いない、人を見透かす濃紺の瞳が俺を捉える。
アーサーは俺をじっと見据えたまま、表情を変えずこう尋ねた。
「つかぬことを伺いますが、あなたは女性の御芽子を舐めるのは好きですかな?」
シャドウリップが俺の横で上を向き白目を剥きながらため息をつく。
俺は咄嗟にこう返した。
「私の鼻が小さくて丸いのがなんでかご存知ですか?」
確かに、アジア系の血をひく俺の鼻は、アーサーが属するであろうヨーロッパ系の連中のものに比べて低い。昔、ある小説家のエッセイの中で全く同じやり取りをしているのを読んだことがあり、まさかこんな形で引用するとは思わなかったが、果たして通じるのだろうか。
「ワッハッハッ!そうこなくては!あなたがこの街で安全に自由に過ごせることを保証しましょう。」
どうやら、テストには合格したらしい。かの小説家に感謝だ。