episode4
”人 X 馬 X イルカ”

ダンコーンシティの風俗地区”前戯なし街”は、およそ10ブロック四方に広がっていて、初めて訪れた者の目には、他の地区との境目がよくわからない。街によっては、入り口が限られていてすぐそれと分かるものだが、シティの風俗街は通常の街と変わらない区画構成でできている。

しかも、シティのほとんどの地区で、15階までの高さに建築規制がかけられており、その規制の範囲内で目一杯住人を飲み込もうと設計されたビルばかりなので、どの建物も代わり映えがしない。外壁はタイル張りのスタイルや、飾り柱でそれなりにデザインされているようだが、建物から張り出した巨大な看板が歩道を越え車道まで伸びて、建物の装飾はそれらに隠されてしまっていた。

看板は、それぞれがありとあらゆるネオンサインや、人の大きさほどの文字をこれでもかと言う程に並べたて、お互いに埋もれまいと主張する。

「離婚調停ならお任せ!ニューリーン法律事務所」
「今必要なあなたに!審査60秒!ソーローン金融へ!」
「絶倫の向こう側!MaraVolcano薬」
「肉交是限唯一夜飯店」
「ペットショップSuck my dog」

次から次へとそんな類の看板を眺めているうちに、文字看板の様子が幾分おかしくなり始める。

「私の谷間で息絶えな 乳天国Valley to heaven」
「竿と竿でフェンシング」
「人 X 馬 X イルカ」
「緊縛吊りっぱなし」
「穴ル、穴レ、穴レバ Hole foods market」

やがて、ネオンサインが曲線を帯びピンクや紫を基調とした色合いと共に、両足をこちらに向けて大きく広げるようなポーズを取る女やら男やら、それと分かる欲望を激しく刺激しにかかるものになれば、それが”前戯なし街”に入ったってことだ。

俺には分かる。この街には全てが揃っている。ジェンダーバイナリからの解放、性的指向のマジョリティという神話に内在する欺瞞、エクスタシーを頂点としその不在まで緩やかに裾野を描く欲望の偏差。超保守的男性至上変態主義者の暗躍。ドーパミン信仰。

そんなことをぼんやりと思いながら、シャドウリップの運転する車の助手席に深く沈み込む。

「あなたの作品を読んだわ。”ほとばしる秘水の都”。シェブキー文書を題材とした物語よね。他の作家でもシェブキー文書に着想を得たものは多いけれど、どれも、ごくありふれたものばかりだった。あなたのは、3人の預言者GoldenSplashersについて独特の解釈をしていて興味深かったわ。」

シャドウリップが俺の作品を読んだとは驚きだ。しかも斜め読みでは気づかないGoldenSplashersの俺なりの解釈まで指摘している。あの作品は2000ページに及ぶ作品だから、それ相応の時間がかかるはずだ。

「読んでくださったんですね。ありがとうございます。でも、お忙しい中あれを読むのは。。」

「アーサーの秘肉屋のオーナー、シータカー・アーサーが読め読めとうるさかったの。あなたを案内するのなら、これは読んでおかないとダメだってね。おかげで、出来の悪い学生達の論文審査が適当になっちゃたわ。」
「わからないのは、あの作品を描いた人が一体どうしてダンコーンシティを舞台に作品を書こうと思ったのか、ということ。」
「”ほとばしる秘水の都”は、地球沸騰化時代版ジョイスのユリシーズってわけでしょう?正直この街の、しかも後世何かの文書が書かれたとして、まず黙殺されそうな風俗街に、あなたの創作意欲を刺激するものがあるとは思えない。」

「あれは、過去に置いてきた作品です。今の私はだいぶ変わりましてね。ただ、今回ご紹介いただく風俗店3店舗の経営母体がGoldenSplashersですよね。そこから、イメージが立ち上がりまして。」

「そこなのよ。あまりにも短絡的というか、安っぽいというか。。それともあなたなりの言葉の遺伝子組み換えなのかしら。」

「言葉の遺伝子組み換えとは面白い表現ですね。その表現をお借りするなら、確かに、GoldenSplashersの遺伝的特質が風俗店から解析できたらとは思います。」

「よくわからない人ね。まあいいわ、あと数ブロックで”アーサーの秘肉屋”よ」

金色の輝きが数百メートル先に現れる。そこからピンクのレーザーが夜空に向かって放たれ、上空にかかる雲に男女の絡み合う絵が浮かび上がる。