episode 1 “フィンガーティップジョイ”
かつてシェブキヌーレイ地方は岩と砂と苛烈な太陽、そして冷たく青白い光を放つ月だけで成り立つ、いわゆる追放の果ての地だった。よもやそこに人を惹きつけ狂わせるものがあるとは、誰も思いもしなかった。
ここに一人の異能が現れる。触れた土地を肥沃の大地に変える、指先の魔術師”フィンガーティップジョイ”である。女神アーフレの直系の神とも言われているが、実際の出自は不明だ。とにかく触れたものを全て豊かなものに変える、とてつもない力を持っており、塩害を被った農地をリンゴ園に変えたり、火山灰が厚く降り積もった不毛の土地を豊かな小麦畑に変えたり、といったことを各地方でやってのけたという。
フィンガーティップジョイは気紛れなので、その力をどこで発揮するかは正直わからない。「土地に触れたいと思うのは、恋に落ちた時の感覚と同じだ」と神らしからぬ俗っぽい預言を残したという。安っぽい女好きの言い草のように聞こえてならない。
そんな彼が、何を思ったかシェブキヌーレイ地方に恋をしたようだ。まずは髪の毛に触れるように、砂漠地帯にわずかに生えるインゲ草を指の背で撫ぜた。指先が触れるか触れないかの境目を辿り、岩肌を上から下へ伝っていく。砂漠地帯の丘は丸みを帯びていて、この土地独特の形状からオパティートと呼ばれている。細かい砂が波打つように広がる丘に軽く爪を立て、頂に向かって円を描きながら登っていく。
オパティートから斜面を下り、岩肌の剥き出しになった崖を下り深い谷に降りる。かつては豊かな水量を誇るヌーレイ川も干上がってしまっている。この付近の岩はうっすらとピンク色であるのが特徴で、玄武岩の一種スリトリーク石という。フィンガーティップジョイはスリトリーク石の中でも一際ピンク色の濃いものを見つけ、指先で極めて軽く叩いた。
足元の岩だらけの地面が裂け、中から水が溢れ出す。とめどなく。そして水の中に黄金の煌めきがあった。砂金だ。
それを見届けて満足したフィンガーティップジョイは立ち去った。
これがダンコーンシティが出来上がるきっかけとなった砂金の伝説の概要だ。アマチュア発掘家のダンコーン・ソソリッチがこの伝説を真実と信じ込みシェブキヌーレイ地方を訪れ、伝説に合致する土地を発掘しにかかったところ、枯れ川の中に砂金が埋もれているのを発見したというわけだ。<続く>