楽器の持ち替え

バスクラリネットとソプラノクラリネットの持ち替えというのは厄介な問題だ。少なくとも僕にとっては。何が問題かというと、物理的に違うものを演奏する際にその両方に自分を合わせなければならないのだが、その合わせる合わせ方がなかなか定まらないのだ。

持ち替えをするプレーヤーは世の中にいっぱいいる。中にはソプラノ・アルト・テナー・バリトンサックス・ソプラノクラリネット・バスクラリネット・フルート・オーボエという強者もいて、僕の悩みなんて取るに足らないもののようにも思う。そう入った持ち替え上手に訊くと「別物と考えているよ」という答えが返っってくる。別物とは、サックスでもソプラノとアルトを同じ楽器を吹くようには吹いていないということ。つまり彼らは、それぞれの楽器に対して、適切なアプローチをきっちりと切り替えてできているということだ。

僕はそこの考え方がどうも違うらしい。楽器の音色としてはバスとソプラノの違いははっきりと理解しているし、演奏する際にその楽器を選択する意図もはっきりとしている。

ただ、いざ楽器を持ち替える時の自分の理想は、可能な限り道後として同じものを使っているという感覚でいられる、ということだ。特に吹き心地についてはそのこだわりが強い。同じような息の入り方で、同じ程度の吹き心地。もちろん全く同じにはなるわけがないのだけれど、可能な限り近づける。

持ち替えをするようになって15年ほどだろうか。未だに試行錯誤の毎日ではあるのだが、ここまでこだわる一方で、もう一つ信条としていることもある。

「あまりこだわらない」

リードなんて一日の演奏の中でコンディションが当たり前のように変わる。自分の体調によって唇の状態も一定であるわけはない。そういった変化を気にしすぎると、演奏することよりもその違和感に気が持って行かれてしまう。だから、ある程度で決め打ちをするということも大切だ。その中で少しづつ自分の演奏のクオリティを底上げしていくことが技術ということだ。

他のミュージシャンが、山のようにリードを並べて「今日はレコーディング!リードを選ぶぞ」みたいなSNSのポストを見て羨ましく思う時もあるけれど。

さて、なんでこんなことを書いたかというと、使い慣れたリードから別のリードにバスとソプラノを両方変えたのだ。最近のリードの価格上昇は看過することのできない度合いだ。リード楽器を演奏しない人には知られて居ない事かもしれないが、一箱10枚のリードが全部使えるわけでもなく、当たり外れがあるのが普通だと言われている。実際、バラツキの程度はかなりあるので、人によっては一箱に一枚なんていうこともあるらしい。僕は幸い「こだわらない」ことでその比率を7割程度にあげた。

とはいえ、やはり今まで気に入って使って居たモデルも値段が上がってきた。そこで、少し目先を変えてみることにしたのだ。今まで使っていたのは、バスもソプラノもダダリオ社のréserve classicというもの。¥2600-¥3000ぐらいで販売されていて、安い時に買っていたのだが、今回は見つからなかった。そこで、RICO traditionalというモデルに変えた。5年ぶりに使う気がする。¥2100。安い。

届いたものを使って見た。バスに関しては、5枚入り全て使用できる範囲内ではあるが、音の立ち上がりが少し遅くて、地味な音色だ。réserveの方が断然音色やイントネーションのヴァリエーションをつけやすいし、ポテンシャルも高い。逆の見方をすれば、TRADITIONALはあまり変化がつかないぶんルーズな吹き方をしても安定した演奏を供給できるというということでもある。

ソプラノの方も同じような感じだった。ただ、持ち替えという点からすると若干吹き心地に違和感がでる。これを何でカヴァーするかが課題だ。バスの方が好感触ではあるので、そちらに寄せる感覚で、ソプラノのマウスピースを変えるのか、吹き方を調節するのか。まだ使い始めだから、時間が経てばもう少し自分の感覚が方向を見出してくれそうではある。

The Plan

Tim Berneという音楽家がいて、僕のプロフィールやブログなどを読んでくれた人はわかっているかと思うが、彼は僕のいわゆる“SPECIAL”だ。

今、僕は計画を立てている。

「Tim Berne Japan Tour w/Manabu Kitada」

というもの。オーガナイズを僕がやろうと考えているのだが、当然一人でできることではない。様々な知識が必要だし、そのためにも人の力が必要だ。当然お金も必要だ。クリヤーすべき課題はいくつもある。

でもまずは。Tim Berneについて書こう。

彼の経歴はユニークで、サックスを始めたのは大学生になってから。バスケに夢中だったTimが足を負傷して、バスケを断念せざるを得なくなってから、気分転換に始めたサックスだったそうだ。それまでは、純粋にリスナーとしてジャズを中心に様々な音楽を聴きまくっていたらしい。

見よう見まねでフリージャズの真似事をセッションでやるようになり、やがてニューヨークに移りジュリアス・ヘンフィルという人に音楽の全てを教わる。作曲のやり方、セルフレーベルの立ち上げ方、練習の仕方、音楽の’magic’について…

ジャズの王道の人が大抵歩む音楽大学主席でもコンテスト優勝でもなく、そんなプロフィールとは無縁の全く違う経路をたどり、時にレコードショップてアルバイトをしながら、自分のレーベルを立ち上げ、時にメジャーレーベルにも作品を残す。でも、基本は全て自分でブッキングやら、アルバムの発送やら、ツアーの手配も。それをひたすら続けて、今やニューヨークのミュージシャンが尊敬し、何かしら影響を受けるアーティストになった。その作品の全てが、他の誰にも似つかない彼の音で分厚く覆われている。偉大なる起業家にして、誇り高きアーティスト。まあ、本人が聞いたら肩をすくめて軽く流すだろうけれど。

日本にはバブルの頃に一度来て、今はなき銀座のソニービルの屋上でライブをやったそうだ。

僕が彼の音楽に惹かれたのは、その謎めいた時に20分に以上に及ぶ音楽を解き明かしたかったからだ。なんで普通のスタンダードと違う聴感なのに、物語が成立しているのだろう、と聴きながらいつも思った。抗えない謎の魅力。難解というには野蛮に美しく響く、音の重なり合い、絡み合い。他のどんな音楽にもみあたらない音楽だった。

それを聴き続けて、二十年以上。NYに自ら出向き、何度か直接彼に会い、プライベートでセッションしたり、ライブをしたりした中で引き出した言葉。「MANABU!ツアーをやろうぜ」

もちろんすぐにでもやりたかったけれど、でもどうやって?僕は日本では無名のマイナーな楽器のインプロ屋さん。Timとて、日本ではわずかな人にしか知られていない。ある時、とあるミュージシャンにTimについて話したら「過去の人だよね」と言われてびっくりした。過去にするのはお前のすることじゃないって、その大御所に言いかけた。言っとけばよかったぜ。今思えば。

しかもTimの作る音楽はジャズスタンダードでもなく、かと言ってノリの良いグルーブが続く類の音楽でもない。コンテンポラリーなジャズプレーヤーのような、テクニックと高度な理論を駆使し、変拍子をもろともせず弾き切る類の音楽とも違う。映像的にも見え、深く奥行きがでる空間を構成する音楽でもあり、エネルギーの塊がぶつかってくるような、実に人間くさい一面も併せ持つ音楽。

はっきり言って、手強い音楽だ。

まあ、そんな状況の中で色々考えたが、答えは出ない。

でも、やると決めたからには、闇雲にでもいいから動くことにした。こっちは五年かけて自腹切ってここまでやって来たんだ。今更中途半端で終わらせる気は無い。ただ、これからは自分一人では不可能だ。でも人が集まれば絶対実現できる。だから、知られてないなら知らせることから始めるとしよう。

Timのウェブサイト。アートワークはSteve Byram。ビースティーボーイズのジャケットも手がけたことがある最高にかっこいい作品を作る。http://www.screwgunrecords.com/

僕とTimのプライベートセッションの様子。(project/soundのページと同じもの)

Timとの最初の出会いを書いたブログ。
https://uncomfortablecomfortable.com/2017/04/06/red-door/

今考えているのは、この「Tim Berne Japan Tour w/Manabu Kitada」をやるためにチームを編成すること。僕に無い知恵を大量に必要としているので、これは必須だ。

興味を持ったら、あるいは質問や思うところがあったら、コンタクトフォームからメッセージをぜひ。

open your mind

月光茶房というところに行った。表参道にある喫茶店で、ECMという、ジャズ、クラシック音楽、現代音楽などを取り扱うノルウェーのレーベルのアルバムのほぼ全てを所有していることでも有名だ。それ以外にも、ヨーロッパのフリージャズのレーベルのアルバムも多く所有している。店主の原田さんと少し話をする中で興味深いことを知った。

ECMの最大の市場は日本であると僕は思っていた。リスナーの多さという点でも売り上げという点でも。なぜ、そう思っていたかは冷静に考えれば理由のない勝手な思い込みではあるのだが。そういった時期もあったらしい。しかし、今やECMのアジア圏における最大のマーケットは韓国に移っているそうだ。

その理由は、日本のリスナーはECMのジャズのシリーズを聴くがECM new seriesというクラシック系(現代音楽も含む)のアルバムはほとんど聴かないということにあるらしい。日本に比べ韓国の方が音楽教育への意識は高いらしく、そういった環境が、新しい音楽を受け入れやすい土壌を作っているのだそうだ。

そういえば、数年前にフランスのジャズプレーヤーの大御所Henri Texierがソウルに来ているのをSNSで知ったのを思い出した。Henri Texierが日本に来たのは確か2000年ごろが最後。以降フランス系のプレーヤーが来日する機会は激減した。

新しい音楽への好奇心と渇望は、音楽が存在しそれを作り出す人々の原動力である一方で、もちろん聞く側の人々にもあって然るべきだと、僕は考える。あえて「べき」というのはどうかと思う。しかし、未知のもの、知られざるものへの、知りたい、体験したい、感じ取りたいという欲求を失っているのだとすれば、それは取り戻す「べき」ものなのだ。居心地のいい環境で快適なものだけを摂取して満足するのだとすれば、それは人間的というよりも、自動化された快楽需要装置のようなものだ。

単純なことなんだ。美しいものを、楽しいものを、聴きたい、というその思いを否定はしないが、少しだけでいいから、日々、予期せぬ音に出会い戸惑ってみる経験をしてほしい。その先に思いがけない発見がきっとあるはずなんだ。そうすることで、次なる創造が起こり、さらなる驚きと興奮と喜びが日々に訪れる。様々な人のありようが許容され、お互いにそれを受容し理解できるようになるとすれば、それが多様性に適応するための土壌を作り出すのだと思う。僕らにはその視点がまだ著しく欠けているし、不寛容でいることで自分の城壁を頑なに分厚くしているように思えてならない。

たかが音楽だと言われるのだが、そのたかが音楽ですら不寛容になるのだとしたら、「たかが」では済まないものに対してどうできるというのだ?

心を開け。

WII4U#06 Ashley Urquhart : piano(Toronto)

“On Improvisation Music at it’s best is a collective bonding exercise. While this can encourage the creation of cliques and foster other exclusionary human tendencies, this bonding aspect can also serve as a language-less bridge between people who otherwise might find deep meaningful communication difficult or even impossible. Free flowing improvisation pursued from this vantage is a proto language form of communication. It is Music with a capital M. When improvising, we are not simply fulfilling another’s artistic vision as actors do in a play, but we are truly participating in the invention of a new conversation. Of course with any conversation, there will be conversationalists who merely parrot, those who rudely change the topic, those who listen well and those who listen not at all. To discover a new conversational partner who listens as well as they speak, contributes confidently but does not force you to back down, and who in equal measure compliments what you have to say while giving you pause to reconsider what may have previously seemed self-evident: this is a rare and beautiful experience. These connections are for me the goal of improvisation. In revealing we are not all as isolated as we may feel, and that there still exists a more primal way of reaching out into the darkness we may find there are others out there also searching.”

Ashley Urquhart July 2018

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「即興演奏においてベストと言えるのは、共に繋がった(触れ合った)と感じる演奏ができるときだろう。時には派閥に分化することを助長したり、他者を排除したがる傾向が促進されたりするが、この”繋がる”面は、もしこの音楽がなければ、意味のあるコミュニケーションが困難か、もしくは不可能であろう人々に、言葉を必要としない架け橋となる。

この、言葉が必要ないという優位性から追及された、自由にあふれ流れ出す即興演奏はコミュニケーションの原初的な言語形式だ。大文字のMから始まるMusic。特別な音楽。即興演奏をするとき、我々は、芝居の役者がするような他者が事前に用意した脚本に基づいて会話を演じることに終始することなく、その場で新しい会話を創作し物語を語ることに参加する。

もちろんどんな会話であれ、鸚鵡返しの話し手がいたり、厚かましく話の流れを曲げる者がいたり、聞き上手がいたり、全く聞いていない連中もいる。

話し上手かつ聞き上手な会話の相手を発見することは、あなたが自信を持つことに貢献するけれど、あなたを後ろ向きにさせたりはしない。そして、すでに自明であることについて再考するために立ち止まることを許容してくれる、あなたが意見を持つべき評価基準について、同じ尺度を持っている人物を発見することも、同様のことだ。これはとても稀で美しい体験だ。

こうした繋がりは私にとっての即興のゴールだ。 我々が感じている孤立感が実は孤立しているわけではないことを明らかにする中で、そして、この暗がりの中で自分と同じように模索している他者を見つけ出すより確かな方法があるのだ。」 Ashley Urquhart July 2018

Ashleyはトロント在住のピアニスト。初めて会ったのはニューヨークだったが、その時は友人のベーシストでこのWII4Uで最初に紹介した、Alexとともに数日滞在するスケジュールの中の数時間話しただけだった。

あらためてこの5、6月にトロントを訪れた際、Alexのバンドやプライベートセッションで一緒に演奏した。Colour of Noiseという自分のバンドや、AlexのToriioなどで活動し、トロントのインプロヴィセーションシーンでもとても重要なポジションにいる人だと思う。

ちなみに、僕のファンクラブ限定でトロントでのレポートを何本か書いているのだが、その中にトロントっ子がそれほど美味しいと思わない食べ物についてのレポートがある。それの一つを教えてくれたのはAshley。車で送ってもらっている間に、その質問したらゲラゲラ笑って一生懸命考えてくれた。

「トロント市内もいいけれど、郊外にほんとは住みたいんだよねー、でもAlexがそれは絶対ダメだ、俺の音楽をできるのはAshleyしかいないんだって、すごく引き止めるのよねー」なんて会話も覚えている。ミュージシャンとしてそのぐらい信頼されるのは羨ましい限りだ。

瞬発力のある演奏をする一方で、音数を絞り込んで、間とタイミングで音楽を構成する能力は即興演奏でも、作曲でも群を抜いている。

彼女の音楽はSound Cloud上で聴ける。

Louis Sclavis

この人の話もしとかなくてはね。

Louis Sclavis

バスクラリネット、クラリネット、ソプラノサックスをメインに演奏する。フランス人で、生まれはリヨン。確か日本の高校に当たる音楽学校を中退して、演奏活動をはじめたはずだ。中退した理由は、アートアンサンブルオブシカゴを聴いて衝撃を受けて、クラシック中心の音楽教育に嫌気がさしたんだとか。

ワークショップドゥリヨンの立ち上げに関わったり、ARFI「空想的民族音楽集団(だったかな?)に関わったりしつつ頭角を現し、今やヨーロッパを代表するクリエイターとなった。音楽はコンテンポラリーなジャズのイディオムと一線を画し、free improvisationから映画音楽まで幅広く手がける。自身のバンドは長年動いているものは少なく、数年ごとにメンバー編成を入れ替えて、コンセプチュアルな作品を作ることが多い。

さて、人物紹介はこのぐらいにして、僕がLouis Sclavisを初めて聴いた時のことを話そう。Michel Portalのアルバムでバスクラリネットに開眼した僕は、そのあとこの楽器の演奏家を探し回ることになる。多分ジャズでバスクラリネットと言ったらDolphyぐらいしかみんな知らない時代。いてもクラリネットプレーヤーが数人程度だったけれど、探し当てた。そのアルバムが’carnet de routes’というアルバム。 Aldo Romano,Henri Texierとのトリオだけれど、そこにはもう一人の名前もクレジットされていた。Le Querrec (Leica)。ライカのカメラを持った男が四人目のメンバーとはどういうことなのか。

ジャケットは通常のプラケースにしては分厚く、厚紙でカバーがされていた。取り出して意味を理解する。分厚くなったぶんは写真集なのだ。アフリカへジャズのルーツをたどり3人のミュージシャンがツアーする。それをドキュメントする一人の写真家。確かに、これはただの音楽作品以上のものだ。メンバーは4人。

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一曲めのStanding Ovationで僕はSclavisの虜になった。いや、RomanoにもTexierにも。力強く前進するドラムと唸る様にブンブン鳴るベース。単純なリズムの反復なのに何か期待せずにはいられない最初のリフ。たった3人の演奏なのに、そこに土の香りと突き抜ける空の青さと舞い踊る、あるいは食い入る様にじっと見つめる聴衆たちのいる光景が広がる。土壁、土埃、まばらな並木の木陰。生ぬるいビール。汗だく。笑い声、話し声、往来を行き来する人々。興奮、熱狂。

それ以来、この人のアルバムを見つけては買って聴き、その音楽の魅力を追いかけ続けている。彼と同じ音楽家になった今でも、Sclavisの前では一人のファンになってしまう。

パリの最後の夜にそのSclavisの音楽に触れることができた。日本に来ることはなかなかないから、この機会は本当に楽しみだった。最前列に座り一音一音を体に染み込ませていく。カルテットでの演奏の一部始終を眺め、音楽がその場で形作られていく様を観察する。まるで調理場にいるみたいでもある。

きっとなんども演奏しているはずの曲。でもそれは今まさにそこで作られた鮮度を保って僕の感覚にサーブされるのだ。

ライブが終盤にさしかかるのを感じる。これを次に聞けるのはいつなんだろう。Le Tritonを訪れることができるのはいつになるだろう。そんなことを思い寂しくなる。気軽に来られる土地じゃない。でも来た。これが見たくて来た。そう思ったら、また来ようと思った。今度はステージに立つ人間として。

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バスクラリネットは独学

僕はバスクラリネットを独学で習得した。多くのスタジオミュージシャンやジャズプレーヤーがもちかえでバスクラリネットを吹いているし、その多くはおそらくほぼ独学だと思うのでそんなに誇らしげに言うものでもないのだが…

僕の場合は、ソプラノクラリネット、いわゆる一般的にみんなが思うクラリネットについてはクラシックの先生に手ほどきを受けている。だからバスクラリネットは独学とはいえある程度のアドバンテージはあるのかもしれない。例えば運指はほぼ同じ。楽譜を読み換える必要もない。人によっては思うだろう。大きさが大きくなっただけだから、そのぶん口を大きく開けて吹けばいいんじゃないの?

僕も最初はそう思っていたし、周りにもソプラノクラリネットとバスクラリネットを難なくこなす連中もいたから、当然すぐに吹けると思っていた。

初めてバスクラを楽器店で試奏した時のことだ。簡単なスケールから初めて、楽器のサイズ感に慣れようと思って吹き始めたところ、低音が上手く出せなかった。何度やっても。音は出るのだが、それは想定していた音ではなくて、裏声のように高い音。そのうち慣れるだろうと思って、最初は気にしていなかったのだが、これが後々も悩みのタネとして、ついてまわることになる。

それ以外にも左手を使って押さえるキーの大きさと重さに面食らったりして、最初の半年ぐらいはとんでもなく何もできなかった。低音は裏返り、速いパッセージは楽器がぐらついてきちんとコントロールできない。しばしば予想外に素っ頓狂に高い音が出る、などなど。

ともかく、自分でやっていくことにして決めたことがある。予期せぬ音が出ることに関しては、それを受け入れることにした。それが出ないように心を抑えると、他の音たちまで抑え付けられてしまう。だから、僕は未だに素っ頓狂な音をだす。リードミスも。つまりは、いい加減を自分に許したわけだ。

これは独学だからこそできる決断かもしれない。もし誰かに習っていたら、もっと抑圧された音楽的感性に向かっていた気がするのだ。一時期、専門家に習おうかとも思ったのだが、専門家に習うと普通のバスクラリネットの音になってしまいそうで、それも嫌だった。音を出す前に何か妙に構えて、それから音を出す感じが、即興演奏の奏法には向いてないと思った。丁寧に、綺麗に、完璧な音を出しましょう、と言っているようにしか聞こえない人が多くて。

一旦そう言ったマインドにはまってしまうと、自由は遠のく。野蛮で粗野で荒々しく咆哮する音が失われる。逆に、丁寧に整えられて、綺麗に彩られた、高級に見えるまやかしの音が安っぽく崇められる。なぜみんな叫ばない?なぜ湧き上がる感情に蓋をする?

そんなことを思いながら、また素っ頓狂な音を出している。いずれにせよ、僕は僕なりの楽器の奏法を見出したし、それはとてもシンプルで、ある種の音楽を演奏するのに適したマインドに、最短距離で到達できるに違いない感性の作り方でもあるのだ。

 

Portal at Le Triton

Michel Portalを最後に見たのは確か10年以上前。パルテノン多摩でクラリネットフェスティバルというものが開催された時のこと。世界中からクラリネット吹きが集まるイベントなのだが、普段はアメリカを中心に行われていて、その年はなぜか日本で開催されたのだ。

それ以前に僕は三度Portalを観ている。初めて観たのはJazz in Parisというコンサートで、フランスのジャズプレーヤーが何組か来日して、一晩のコンサートで一気に演奏してしまうという、盛り合わせみたいなコンサートでだった。それを二つの会場で観た。もう一つはアコーディオンのRichard GallianoとのDuo。

Portalのライブでの印象は見るたび、いつも変わらない。神経質なのかわからないけれど、ステージ上では何かイライラした様子で落ち着きがなく、PAに文句をいったり、共演者に何やら不機嫌そうに指図したり。でも、ある瞬間にスイッチが入るのか、急に目が輝き、床を強く踏み、「ハッ」と掛け声のようなものを何度も発したり。エネルギッシュで活発な演奏をする。ただ、どこかしら、すごくピリッとした切れ味のようなものを感じたのを今でも覚えている。

パリのLeTritonという会場でPortalがコンサートをやるという情報は七月の時点で知っていて、このタイミングでパリに行くことにした。しかもその一週間後にもう一人の僕にとっての重要な音楽家、Louis Sclavisも同じLe Tritonで演奏するという。その頃、僕はいろんな意味で実はかなり参っていて、九月にパリにいることすら想像していなかった。そんな中で目にしたこの二つのコンサート。

止めるにしろ進むにしろ、これを観るまでは頑張ってみよう、と思った。

早速両方のチケットをオンラインで押さえて、トロントからニューヨーク、バンクーバー、ロンドン、リスボンを経てパリにたどり着いた。その間に、さらにどん底のような時間もあったし、何にも替えられない素晴らしい時間もあった。

パリに降り立ったのが9月12日。コンサートは翌日13日。Le Tritonは主にフランスベースのジャズプレーヤーが演奏をする場所なのだけれど、いわゆるメインストリームのジャズに収まらないプレーヤーが出演することが多い会場だ。まあ、メインストリームっていうのはアメリカのジャズプレイヤーやそのスタイルを信奉するプレーヤーのジャズと考えるとしたならば、ある意味フランスらしいジャズが楽しめる最高の場所といって良い。YouYubeで過去のコンサートを観ることができるので、見てごらん。Le Triton

Le Tritonの看板が目にはいる。ようやくやって来たんだと思うとワクワクした。入り口の横に今晩の出演アーティストの写真。もちろんPortalだ。

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会場は100人入ったらいっぱいじゃないかと思う大きさ。折りたたみのパイプ椅子が所狭しと並べてあって、飲み物や食事をするテーブルは一切なし。ただ、飲みながら楽しみたいという人向けに、奥にバーカウンター席はある。でも、数人飲み物を飲んでいる人はいたけれど、ほぼみんな聴くことに徹している。ワンドリンクオーダーという厄介なシステムはないのだ。ちなみに、Le Tritonはレストランもあり、みんなライブの前後に食事なり飲むなりを楽しむことができる。ちなみにチケットは20€。およそ¥3,000だ。

座席指定も一切ないので早いもの順に席は埋まる。僕は30分前に着いたが、前から3列目。悪くない。そして、始まるまでしばらく待っていた。隣に座った男性が「ここはいい場所だね。私は初めて来たけれど、とても素晴らしい場所だというのがわかるよ」と話しかけて来た。「私も初めてだよ。ここに来れて、Portalを観ることができるのは、最高だ」などと話しているうちに、司会の男性が、始まりを告げる。

舞台下手から、3人が現れた。まずKeyvan Chemiraniという確かイラン出身のパーカッションプレーヤー。そして、Portal。最後にpianoのBenjamin Moussay。

Portalがマイクを持ち、今から演奏する曲目について解説している。フランス語なのでわずかな知っている単語を頼りに聞き取った限りの話だけれど。おもむろに演奏を始めるPortalしか見たことがなかったので新鮮だ。思いの外、喋る。表情はリラックスしていて、神経質な感じはない。そしていよいよ始まる。

Chemiraniがパーカッションを繊細に指で叩いたり擦ったりしてリズムを刻む。Moussayがそこに少ない音で奥行きを作って、会場がその広がりになじんだ瞬間に。Portalが無造作に楽器を構えて何気なく息を吹き込む。それが、他の誰にも出せないPortalの音になる。その音が僕は大好きだ。決して大きくない音。むしろギリギリ小さい、ささやくような音。でも柔らかく、艶やかで、会場の隅々まで届き、聴く人を一気に惹きつける。

その音を聞いた瞬間に、図らずも少し泣いてしまったよ。色々な感情がその裏側にあって、一言では言えないけれど。僕の心のなかにあの音は確かに染み込んで揺さぶったのだ。初めて聴いて揺さぶられた時と同じく。結局僕にとっての音楽はそういうものであったのだ。揺さぶられるかどうか。心を鷲掴みにして持っていくかどうか。そういった音楽が好きだし、そういった音楽を作りたいと今まで思い、続けてきた。自分に今、それができているのかどうかは全くわからないけれど、少なくとも感受性だけはまだ残っていた。

Portalの何が好きかっていうと、自由だっていうこと。この人の曲は結構演奏するのが難しいメロディーであることが多いのだけれど、本人がちゃんと演奏できてるかというと実は甚だ怪しいことも多い。タイミングを間違えたり、ずれたり、なんてことはしょっちゅうだ。でも本人はお構いなし。きっと彼にとって音楽はそういうものなのだ。合わせる?正しい音?あるいは間違い?それがなんだっていうんだ。私は私なんだよ。私がここにいるってことに正しいも間違いも、あるはずがない。そして君達もここにいる。それが全てを語ってる。そうだろ?そんな風に感じる。

コンサートは続く。休憩なしでおよそ1時間40分ぐらい。アンコールが二回。一回目はオリジナルの曲だったけれど、2回目は、Portalの好きなシャンソンをその場で。Portalがこういう歌なんだよ、と口ずさむ。楽しそうだ。目がキラキラしている。Chemiraniがリズムを理解して、叩き出す。Portalがそれに乗ってバスクラリネットを吹き出す。AメジャーとAマイナーを交互に行き来する三拍子の可愛らしい曲。Moussayはコード進行を手探りで弾きだす。最初は戸惑いながら、やがて飲み込み、3人がリラックスしながら遊び出す。ほんの数分間だけ。でも、”音楽”というその言葉通り。

 

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そして、終わりがやってくる。音楽とはそういうものだけれど。でも、心にその時間が残って、目を瞑るとその場所に戻ることができる。僕の中にそういう時間が一つ。大事な思い出の一つになる。

 

もう少し続けてみよう、と帰りのバスを待ちながら思った。

帰国のお知らせ

ここまで4ヶ月間のhopping coiuntriesを続けてきましたが、ここでお知らせがあります。今リスボンにいて、今週の水曜日にパリに向かいます。そこにおよそ一週間滞在した後、帰国することにしました。

色々な場所で出会ったミュージシャンとライブやセッションをする。即興演奏を通してそれを体感したい、国と言葉を超えて。その中で新たな出会いや新しい刺激を得ること。それが目的で始めました。当初一年ほどと考えて旅に出たわけですが、これまでに周った都市、トロント、ニューヨーク、バンクーバー、ロンドン、リスボン、そしてパリ。嬉しい出会いや再会があることもあり、それが叶わぬこともあり、順風満帆というわけではありませんでした。こうして過ごした4ヶ月間で自分の中の音楽への向き合い方も変化しました。

いずれにせよ、こうして出たおかげで色々な街でライブをすることができ、次に繋がる出会いがあったのは確かです。ミュージシャンとセッションをして、次はいつ来るんだ?その時はライブをやろうぜ、と言われることほど嬉しいことはありません。あるいは、あまりimprovisationに触れることがなかったお客さんが目を丸くして、喜んでくれたり、ライブの後レストランで食事をしていたら、素晴らしいライブだったよ、と会場に居合わせたお客さんに偶然出くわしたり。

結局のところ、いいミュージシャンと、オーディエンス。その二つに恵まれてここまで来れたのです。そして、自分にできる最大限いい音楽を作り演奏すること。それをどこであれ続けること。そんな当たり前のことを改めて深く感じることができました。

帰ったらまた遊んでくださいな。あるいはまた遊びに来てくださいな。