幸せな時間はあっという間に過ぎ、再びもがいたり、迷ったり、の時間に立ち戻る。そんなことを感じる。考え方を変えれば、そんな迷いもがく時間にも何か満ちるべき何かがあるはずなのだが、夢かと惑う様な時間を過ごしたとあれば、その感覚との落差が、どうしても日々の時間を、軽い絶望を伴った灰色にくすんだものにしてしまうのも致し方ないのかもしれない。

まるで、それは星砂の海岸の様なのだ。普通のサンゴのかけらからなる砂に混じって星型の小さな有孔虫の殻が散りばめられた海岸。幸せな星型がそこここ見つかり、小さな海岸を特別な砂浜にする。

星型の殻にも、サンゴの砕かれた砂にも、それが以前纏っていた有機質の体があり、魂が宿っており、つまりはいきた記憶が刻まれている。思い出の堆積した砂浜。

今年という年はそんな風に形容しておこう。僕の中で今年という年が総括するにはあまりにも近過ぎて、体の中にしっかりと吸収仕切っていない気がする。

もう少し時間が経てば、一体自分はあの苛烈な太陽の降り注ぐ街角でどんな風に途方に暮れていたのか、降ったり止んだりの垂れ込めた雨雲の下でどうやってすり減っていったのか、ステージに立つ出演者を眺めながらここまでの道のりをどう感じつつその音楽を聴いたのか、深夜に落書きだらけの壁のフェンスの前で真っ黒焦げのジャークチキンを汗まみれで焼き続ける男を眺め、どう腹をすかせていたのか、白熱光が柔らかく石畳の急峻な階段を照らす街を独り歩きながら誰を思ったのか、下り坂の向こうに海が見えるあの街で僕がどれだけ幸せであったのか…

自分で了解できるだろうと思う。

そんな一年が終わる。今年もお付き合いいただきありがとうございました。みなさま、よいお年をお迎えください。

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