イヌイットの音楽は二音だけから成るという。我々にとって灰色と言われる色は彼らにとって幾百もの全く異なる色彩として認知される。インドやアラブには微分音。あるいは西洋音楽で変拍子と呼ばれるものが当たり前のようにる。日本にも、当然ピタゴラスの作り出した純正律あるいは、西洋音楽がシステムとして使いやすいように作り出した平均律とは異なる距離の音の配列からなる音楽がある。人を年齢や性別できっぱりと分断し、その一方で異なる視点を持つものを黙殺することによって社会を優先させる”おとなしい”文化をもつ日本がある一方で、革命によって権利を獲得してきた国フランスがある。彼らの中にもはっきりとした階級意識があり、特段日本よりも優れた国であるとも思わないし、この世の中に優れたものなどというのは相対的にしか有り得ないのではあるが。

とはいえ、なんらかの優れたものになりたい、と切望するのは、音楽というモノを創って、誰かに届けたいと思っている音楽家にとっての、自明の欲望ではあるのだろう。いろいろな世界の様々を見た上で、さて、自分の存在がごく普通のものにようやく見え始めた時に、この満たされない欲望が、苛立ちとともに自分を蝕んでいくのを感じる。

一向に歩み始めない音符と、数ヶ月間ぐるぐると回り続ける陳腐なモチーフの中で、そこから抜け出すことも叶わず、たまらず、さして飲めない酒に手を伸ばす。泡沫の中で一瞬聞こえた遠鳴りを閃きと思うのだが、それを書き留めるには酩酊しすぎている。

まあ、曲作りに行き詰まった時のおきまりの思考の悪あがきとでも言っておこうか。まあ、なんとか形にはなって、ひとまず完成まではこぎつけたから。とはいえ、こうしていつ誰に聴かれるとも知れないものが堆積していくのは気分が悪い。じゃあ、なんで作っているのか?わからない。けれど、それがわかった時が、きっと辞める時なんだろう。

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