この人の話もしとかなくてはね。

Louis Sclavis

バスクラリネット、クラリネット、ソプラノサックスをメインに演奏する。フランス人で、生まれはリヨン。確か日本の高校に当たる音楽学校を中退して、演奏活動をはじめたはずだ。中退した理由は、アートアンサンブルオブシカゴを聴いて衝撃を受けて、クラシック中心の音楽教育に嫌気がさしたんだとか。

ワークショップドゥリヨンの立ち上げに関わったり、ARFI「空想的民族音楽集団(だったかな?)に関わったりしつつ頭角を現し、今やヨーロッパを代表するクリエイターとなった。音楽はコンテンポラリーなジャズのイディオムと一線を画し、free improvisationから映画音楽まで幅広く手がける。自身のバンドは長年動いているものは少なく、数年ごとにメンバー編成を入れ替えて、コンセプチュアルな作品を作ることが多い。

さて、人物紹介はこのぐらいにして、僕がLouis Sclavisを初めて聴いた時のことを話そう。Michel Portalのアルバムでバスクラリネットに開眼した僕は、そのあとこの楽器の演奏家を探し回ることになる。多分ジャズでバスクラリネットと言ったらDolphyぐらいしかみんな知らない時代。いてもクラリネットプレーヤーが数人程度だったけれど、探し当てた。そのアルバムが’carnet de routes’というアルバム。 Aldo Romano,Henri Texierとのトリオだけれど、そこにはもう一人の名前もクレジットされていた。Le Querrec (Leica)。ライカのカメラを持った男が四人目のメンバーとはどういうことなのか。

ジャケットは通常のプラケースにしては分厚く、厚紙でカバーがされていた。取り出して意味を理解する。分厚くなったぶんは写真集なのだ。アフリカへジャズのルーツをたどり3人のミュージシャンがツアーする。それをドキュメントする一人の写真家。確かに、これはただの音楽作品以上のものだ。メンバーは4人。

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一曲めのStanding Ovationで僕はSclavisの虜になった。いや、RomanoにもTexierにも。力強く前進するドラムと唸る様にブンブン鳴るベース。単純なリズムの反復なのに何か期待せずにはいられない最初のリフ。たった3人の演奏なのに、そこに土の香りと突き抜ける空の青さと舞い踊る、あるいは食い入る様にじっと見つめる聴衆たちのいる光景が広がる。土壁、土埃、まばらな並木の木陰。生ぬるいビール。汗だく。笑い声、話し声、往来を行き来する人々。興奮、熱狂。

それ以来、この人のアルバムを見つけては買って聴き、その音楽の魅力を追いかけ続けている。彼と同じ音楽家になった今でも、Sclavisの前では一人のファンになってしまう。

パリの最後の夜にそのSclavisの音楽に触れることができた。日本に来ることはなかなかないから、この機会は本当に楽しみだった。最前列に座り一音一音を体に染み込ませていく。カルテットでの演奏の一部始終を眺め、音楽がその場で形作られていく様を観察する。まるで調理場にいるみたいでもある。

きっとなんども演奏しているはずの曲。でもそれは今まさにそこで作られた鮮度を保って僕の感覚にサーブされるのだ。

ライブが終盤にさしかかるのを感じる。これを次に聞けるのはいつなんだろう。Le Tritonを訪れることができるのはいつになるだろう。そんなことを思い寂しくなる。気軽に来られる土地じゃない。でも来た。これが見たくて来た。そう思ったら、また来ようと思った。今度はステージに立つ人間として。

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