僕はバスクラリネットを独学で習得した。多くのスタジオミュージシャンやジャズプレーヤーがもちかえでバスクラリネットを吹いているし、その多くはおそらくほぼ独学だと思うのでそんなに誇らしげに言うものでもないのだが…

僕の場合は、ソプラノクラリネット、いわゆる一般的にみんなが思うクラリネットについてはクラシックの先生に手ほどきを受けている。だからバスクラリネットは独学とはいえある程度のアドバンテージはあるのかもしれない。例えば運指はほぼ同じ。楽譜を読み換える必要もない。人によっては思うだろう。大きさが大きくなっただけだから、そのぶん口を大きく開けて吹けばいいんじゃないの?

僕も最初はそう思っていたし、周りにもソプラノクラリネットとバスクラリネットを難なくこなす連中もいたから、当然すぐに吹けると思っていた。

初めてバスクラを楽器店で試奏した時のことだ。簡単なスケールから初めて、楽器のサイズ感に慣れようと思って吹き始めたところ、低音が上手く出せなかった。何度やっても。音は出るのだが、それは想定していた音ではなくて、裏声のように高い音。そのうち慣れるだろうと思って、最初は気にしていなかったのだが、これが後々も悩みのタネとして、ついてまわることになる。

それ以外にも左手を使って押さえるキーの大きさと重さに面食らったりして、最初の半年ぐらいはとんでもなく何もできなかった。低音は裏返り、速いパッセージは楽器がぐらついてきちんとコントロールできない。しばしば予想外に素っ頓狂に高い音が出る、などなど。

ともかく、自分でやっていくことにして決めたことがある。予期せぬ音が出ることに関しては、それを受け入れることにした。それが出ないように心を抑えると、他の音たちまで抑え付けられてしまう。だから、僕は未だに素っ頓狂な音をだす。リードミスも。つまりは、いい加減を自分に許したわけだ。

これは独学だからこそできる決断かもしれない。もし誰かに習っていたら、もっと抑圧された音楽的感性に向かっていた気がするのだ。一時期、専門家に習おうかとも思ったのだが、専門家に習うと普通のバスクラリネットの音になってしまいそうで、それも嫌だった。音を出す前に何か妙に構えて、それから音を出す感じが、即興演奏の奏法には向いてないと思った。丁寧に、綺麗に、完璧な音を出しましょう、と言っているようにしか聞こえない人が多くて。

一旦そう言ったマインドにはまってしまうと、自由は遠のく。野蛮で粗野で荒々しく咆哮する音が失われる。逆に、丁寧に整えられて、綺麗に彩られた、高級に見えるまやかしの音が安っぽく崇められる。なぜみんな叫ばない?なぜ湧き上がる感情に蓋をする?

そんなことを思いながら、また素っ頓狂な音を出している。いずれにせよ、僕は僕なりの楽器の奏法を見出したし、それはとてもシンプルで、ある種の音楽を演奏するのに適したマインドに、最短距離で到達できるに違いない感性の作り方でもあるのだ。

 

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