Michel Portalを最後に見たのは確か10年以上前。パルテノン多摩でクラリネットフェスティバルというものが開催された時のこと。世界中からクラリネット吹きが集まるイベントなのだが、普段はアメリカを中心に行われていて、その年はなぜか日本で開催されたのだ。

それ以前に僕は三度Portalを観ている。初めて観たのはJazz in Parisというコンサートで、フランスのジャズプレーヤーが何組か来日して、一晩のコンサートで一気に演奏してしまうという、盛り合わせみたいなコンサートでだった。それを二つの会場で観た。もう一つはアコーディオンのRichard GallianoとのDuo。

Portalのライブでの印象は見るたび、いつも変わらない。神経質なのかわからないけれど、ステージ上では何かイライラした様子で落ち着きがなく、PAに文句をいったり、共演者に何やら不機嫌そうに指図したり。でも、ある瞬間にスイッチが入るのか、急に目が輝き、床を強く踏み、「ハッ」と掛け声のようなものを何度も発したり。エネルギッシュで活発な演奏をする。ただ、どこかしら、すごくピリッとした切れ味のようなものを感じたのを今でも覚えている。

パリのLeTritonという会場でPortalがコンサートをやるという情報は七月の時点で知っていて、このタイミングでパリに行くことにした。しかもその一週間後にもう一人の僕にとっての重要な音楽家、Louis Sclavisも同じLe Tritonで演奏するという。その頃、僕はいろんな意味で実はかなり参っていて、九月にパリにいることすら想像していなかった。そんな中で目にしたこの二つのコンサート。

止めるにしろ進むにしろ、これを観るまでは頑張ってみよう、と思った。

早速両方のチケットをオンラインで押さえて、トロントからニューヨーク、バンクーバー、ロンドン、リスボンを経てパリにたどり着いた。その間に、さらにどん底のような時間もあったし、何にも替えられない素晴らしい時間もあった。

パリに降り立ったのが9月12日。コンサートは翌日13日。Le Tritonは主にフランスベースのジャズプレーヤーが演奏をする場所なのだけれど、いわゆるメインストリームのジャズに収まらないプレーヤーが出演することが多い会場だ。まあ、メインストリームっていうのはアメリカのジャズプレイヤーやそのスタイルを信奉するプレーヤーのジャズと考えるとしたならば、ある意味フランスらしいジャズが楽しめる最高の場所といって良い。YouYubeで過去のコンサートを観ることができるので、見てごらん。Le Triton

Le Tritonの看板が目にはいる。ようやくやって来たんだと思うとワクワクした。入り口の横に今晩の出演アーティストの写真。もちろんPortalだ。

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会場は100人入ったらいっぱいじゃないかと思う大きさ。折りたたみのパイプ椅子が所狭しと並べてあって、飲み物や食事をするテーブルは一切なし。ただ、飲みながら楽しみたいという人向けに、奥にバーカウンター席はある。でも、数人飲み物を飲んでいる人はいたけれど、ほぼみんな聴くことに徹している。ワンドリンクオーダーという厄介なシステムはないのだ。ちなみに、Le Tritonはレストランもあり、みんなライブの前後に食事なり飲むなりを楽しむことができる。ちなみにチケットは20€。およそ¥3,000だ。

座席指定も一切ないので早いもの順に席は埋まる。僕は30分前に着いたが、前から3列目。悪くない。そして、始まるまでしばらく待っていた。隣に座った男性が「ここはいい場所だね。私は初めて来たけれど、とても素晴らしい場所だというのがわかるよ」と話しかけて来た。「私も初めてだよ。ここに来れて、Portalを観ることができるのは、最高だ」などと話しているうちに、司会の男性が、始まりを告げる。

舞台下手から、3人が現れた。まずKeyvan Chemiraniという確かイラン出身のパーカッションプレーヤー。そして、Portal。最後にpianoのBenjamin Moussay。

Portalがマイクを持ち、今から演奏する曲目について解説している。フランス語なのでわずかな知っている単語を頼りに聞き取った限りの話だけれど。おもむろに演奏を始めるPortalしか見たことがなかったので新鮮だ。思いの外、喋る。表情はリラックスしていて、神経質な感じはない。そしていよいよ始まる。

Chemiraniがパーカッションを繊細に指で叩いたり擦ったりしてリズムを刻む。Moussayがそこに少ない音で奥行きを作って、会場がその広がりになじんだ瞬間に。Portalが無造作に楽器を構えて何気なく息を吹き込む。それが、他の誰にも出せないPortalの音になる。その音が僕は大好きだ。決して大きくない音。むしろギリギリ小さい、ささやくような音。でも柔らかく、艶やかで、会場の隅々まで届き、聴く人を一気に惹きつける。

その音を聞いた瞬間に、図らずも少し泣いてしまったよ。色々な感情がその裏側にあって、一言では言えないけれど。僕の心のなかにあの音は確かに染み込んで揺さぶったのだ。初めて聴いて揺さぶられた時と同じく。結局僕にとっての音楽はそういうものであったのだ。揺さぶられるかどうか。心を鷲掴みにして持っていくかどうか。そういった音楽が好きだし、そういった音楽を作りたいと今まで思い、続けてきた。自分に今、それができているのかどうかは全くわからないけれど、少なくとも感受性だけはまだ残っていた。

Portalの何が好きかっていうと、自由だっていうこと。この人の曲は結構演奏するのが難しいメロディーであることが多いのだけれど、本人がちゃんと演奏できてるかというと実は甚だ怪しいことも多い。タイミングを間違えたり、ずれたり、なんてことはしょっちゅうだ。でも本人はお構いなし。きっと彼にとって音楽はそういうものなのだ。合わせる?正しい音?あるいは間違い?それがなんだっていうんだ。私は私なんだよ。私がここにいるってことに正しいも間違いも、あるはずがない。そして君達もここにいる。それが全てを語ってる。そうだろ?そんな風に感じる。

コンサートは続く。休憩なしでおよそ1時間40分ぐらい。アンコールが二回。一回目はオリジナルの曲だったけれど、2回目は、Portalの好きなシャンソンをその場で。Portalがこういう歌なんだよ、と口ずさむ。楽しそうだ。目がキラキラしている。Chemiraniがリズムを理解して、叩き出す。Portalがそれに乗ってバスクラリネットを吹き出す。AメジャーとAマイナーを交互に行き来する三拍子の可愛らしい曲。Moussayはコード進行を手探りで弾きだす。最初は戸惑いながら、やがて飲み込み、3人がリラックスしながら遊び出す。ほんの数分間だけ。でも、”音楽”というその言葉通り。

 

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そして、終わりがやってくる。音楽とはそういうものだけれど。でも、心にその時間が残って、目を瞑るとその場所に戻ることができる。僕の中にそういう時間が一つ。大事な思い出の一つになる。

 

もう少し続けてみよう、と帰りのバスを待ちながら思った。

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