ライブ会場で出会ったカナダ人のベーシストがぼそりと言った。ニューヨークは人が多すぎる。多すぎて孤独になるって。こんなに人に囲まれているのに、誰とも関わらない瞬間が多くて、ひどく孤独を感じるって。

それがいいことなのかよくないことなのか聞くのを忘れてしまったけれど、彼の目は少し寂しそうではあった。今日は君が来るまで楽器に触れていなかったっと言いながら、えらく苦く作ったインスタントコーヒーをふるまってくれる。ミルクを入れるかい?と聞きながらミルクの入っているボトルのキャップを開け、軽く匂いを嗅ぐ。これは大丈夫だと思う…と言いながら、君から試せ、といたずらっぽく笑う。

スペイン出身のあるピアニストは、とにかく喋りまくる。こちらの意見はお構いなし。聞いているかどうかも御構い無し。同意を求めるでもなく、ひたすら自分の喋りたいことを喋り続ける。30分ぐらい付き合って、こちらがうんざりして、じゃあね、と背を向けてもその背中に喋りかけるのには幾分辟易とした。

ブルックリン在住のあるドラマーは喋り方がものすごくとろんとしていて、果たして次に会った時に自身の言ったことを覚えているのか怪しいな、と思わせられる。ただ僕の顔は覚えているのはありがたい。毎回会うたびに、お前はニューヨークとっくに住んでいると思ってた、と言う。今回はそれに加えて、俺たちは一緒に演奏するべきだ。プライベートじゃないぜ、ちゃんとしたGigだぜ、と言った。

それ、頼むから覚えていてくれないか?

コロンビア出身でアルゼンチンに今は住んでいるピアニストは、しょっちゅうNYにやって来る。そうなんだ、いいね、と話していたら、ワタシの彼、〇〇なのって嬉しそうに言う。ワーオ!あの人が彼氏なの?そう、この人の彼氏はNYでもとびっきりのimproviserで、僕もよく知っている。

あるベーシストに誘われて、プライベートセッションをやることになった。その前にみんなで昼ご飯を食べようとジャークチキンをテイクアウトで買いに出かけ、戻って5人でテーブルを囲む。ビールを飲み、そのベーシストが、譜面がろくすっぽ読めないのに、学生ビッグバンドの選抜メンバーに選ばれて焦りまくった時の話を聞く。

楽器のケースを開けるとおもむろにヨークシャテリアが僕の楽器掃除用の布を、おもちゃだと思い咥えて持ち出す。何回取り返しても、つぶらな目でこちらを見上げて訴える。それがほしいなあ。

セッションの途中でネジが緩んでシンバルが床に大音量とともに落っこちて、床でくつろいでいた犬達が一瞬で消える。

ご飯に、ビールに、楽しい演奏。最高だね。バークリーで教鞭を執るギタリストがつぶやきみんな同意する。

玄関先で、交差点で、今日はありがとう。また一緒に演奏しようね、とハグとともにそれぞれの方向へ歩みさる。地下鉄の構内へ、横断歩道の向こうのバス停へ、歩いて家へ。

色々な人々が目の前に現れ明滅してまた消える。こうして出会った人々は僕の心な中に住まう。願わくは彼らの心の中に僕が住んでいることを。

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