「北田さんはラッキーボーイだよ」

そんな風に言われた。”ボーイ”と言われるには年はなかなかだが、まあ心はいわゆる「夢見がちな中二」のまんまだから、甘んじて受けよう。

ともかく、何年もNYに住んでいてもなかなかライブをすることは難しいし、しかも多忙な売れっ子のミュージシャンとやったりするなんて。ということらしい。それは確かにそうだな。僕はこの5年間でたかだか5回来ただけで、しかも最長でひと月の滞在。それでTim Berneと演奏することもできたし、今回もたった一回とは言え、James Carneyがお膳立てしてくれて、Chris Lightcap, Mark Ferberといったベテランのミュージシャンと演奏することができた。

それがどれだけ難しいことなのかは実はよくわかっていなくて、ただ単純に、気が合って、ライブができそうだからやってみないか?と何も考えずに持ちかけただけの話。正直にいってギャラなんてこちらから出せるはずもなく、逆に向こうからギャラが出るとも思わず。そんな話すらしなかった。ただ単純に一緒に演奏したい、ということだけで話しただけ。向こうもいいよ、やろうぜ、といってブッキングしてくれた。それ以上の交渉ごとは一切なし。

もちろん、そんなメールが打てるようになる前に、自分なりの手順は踏んだつもりだ。例えばTim Berneとライブをやるまでには、ワークショップに3回参加して、プライベートレッスンという形式ではあれ一緒に音を合わせるという過程を経たのは確かだ。しかも毎年途切れなく現れる優秀なミュージシャンの中で記憶に残る人間であらねばならない。いきなり、「あなたのファンですから、NYにいったら演奏してくれますか?」…ありえない。その前にちゃんと顔を突き合わせて、その時の自分の最大限のこちらの熱量と、感性と、畏れと、野心みたいなものを見せるのが必須であるのは当然だ。

そういった、”あざとい”戦略があって功を奏した面はある。NYで演奏する、というのはもともと目標としていた過程の一つではあるのだから、そういう意味では世の中の人がいう”自己実現”はできているのかも。

とは言え、NYで演奏する人間なんていくらでもいるし、僕よりもはるかに上で活躍している人ですら、掃いて捨てるほどいる。そういう意味で、僕のこの活動は未だに「ラッキー」でしかないのも確かだな、と「ラッキーボーイ」と言われて思った。悪いことじゃない。でも僕はまだ日本から年一回ふらっとやってくる「good clarinet player」で、お客さん扱いなのだと思っている。これを三回、四回…と重ねていくことが「ラッキー」から抜け出して実力で勝ち取った結果とすることの唯一の方法であるのは確かだ。

正直いって、もう少し効率のいいやり方があるのではないかと思うし、見つけたいとは思うのだが…

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