僕は語学が苦手だ。父親はどこかの大学のロシア語学科を首席かなんかで卒業し、兄は中学に上がる前から英語に興味を示し、高校生ぐらいの頃にはエスペラント語に触発されて自分の言葉を開発したほどに語学に才がある。

一方で僕は中学の最初の英語のテストでMy name isレベルの設問にすら、ろくすっぽ回答ができず、きっちりと語学の才の無さを露呈し、父親に激怒された。その理不尽さに逆上し家の壁をかかとで蹴り上げ、穴をあけたのを未だに覚えている。

そんなこんなで僕は英語が嫌いだ。いや、英語の勉強が、と言っておこうか。文法しかり教科書の英語しかり。

音楽はその頃から好きで、クラリネットを始めたのもその頃。種々雑多な音楽を聴く中で僕の中に浮かんだのは、どんな国の人が演奏しても音楽は音楽そのもので、楽しいものなんだな、ということ。歌詞のある音楽ですら、言葉を理解する必要がなくても何か伝わり感じ入るものがあった。中には楽しいというよりはむしろ難解と感じるものもあったが。今となっては、その頃は難解だと思った音楽、即興音楽、に惹きつけられていったのだから、何かは伝わっていたのに違いない。

中学三年の時に、ひょんなことがきっかけで青少年オーケストラに所属し、たまたまその年の夏休みに、そのオーケストラがフランスの各所をツアーすることになった。ありがたいことにそれに参加することができて、初めての海外旅行をした。まだ直行便はなく、アラスカのアンカレッジを経由して北極海を越えフランクフルトでトランジット。エールフランスでシャルルドゴールに入り、国内線のオルリー空港へ移動して南仏トゥールーズへ。そこが最初の公演の場所だった。

街の人々はオーケストラを迎え入れてくれ、演奏に喝采を送り、僕らも旅を存分に楽しんだ。

そんなことを通して、楽器を担いでいろんな国を周ったら面白いな、ということを漠然と心に抱くようになる。

でも、どうやったらいいんだろう?そんなことも同時に。その当時は音大に入って海外に留学できたらいいな、とも思っていた。でも、それは結局のところ叶わないことになる。

そんな中で、即興音楽というものに惹かれるようになった。自由かつ言葉の壁を越えるもの。クラシックのお行儀やお作法もなく、ジャズの小難しい理論もなく、表したい事を楽器を通して音に委ねる。自由に。思いつくがままに。全てを受け入れ、美しく謎に満ちて、心を揺さぶり、一瞬の空気の振動ですら、輝くように打ち震える。僕が思い描いた音楽のあるべき姿がそこにあった。これならば。できる。

風にたなびき波打つ模様を次から次へと描く麦畑の真ん中のあぜ道を、楽器を担いで歩く。時には砂埃の舞う小さな村のこじんまりとした石造りの小屋で演奏する。街から街へ、道を伝い、人を伝い、音楽に導かれて。

言葉が苦手で、未だに英語での日常的な会話ぐらいしかできないが、自分には即興演奏という技術と才能がある。僕は優秀な即興演奏家だ。そしてさらなる高みへの欲望と野望をむき出しにするほどに未熟でもある。それを生かさない手はない。

楽器を担いで出かけるチャンスは今までにもあったのかもしれないが、今だからこそ持ち合わせる感覚、視点、経験、思慮、あるいは今だからこその無謀。それこそが’思い立ったが吉日’なのだろう。

名付けて”Hopping Countries”。国から国へ。街から街へ。

出発を前にして、用意する譜面、送られてきた譜面、あるいは一体何をしにいくのだろうと、漠然と不安になったり、期待に満ちたり、あるいは、きっと常に感じる寂しさや募る想いにどう向き合えば良いか分からず、途方にくれて見たり。

いずれにせよ、もう片道切符は買ったのだし、まだ見ぬ土地と、そこで響く音楽が答えをもたらしてくれるに違いないのだ。

出発まであとわずか。

Be a “Hopping Countries” supporter!
登録者限定の音源やブログ配信などをぜひどうぞ!詳細は下記アドレスで。
https://manabukitada.bandcamp.com/hopping-countries

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