とはいえ、空虚に食い荒らされることは多々ある。わずかな傷口が空気に晒されて鮮やかな色と瑞々しさを失い、かさかさに乾いて内側に崩れゆく果実のように。

夜が明けるのをひたすら膝を抱え待ち、希望が戻るのをわずかに期待しつつ、まんじりともしないで過ごす夜更けは、いままでに何度もやってきたし、これからも度々訪れるのだ。

もう慣れっこのこの感覚の中で、狂おしく響く不協を自分の中に増幅させ、鉱石ラジオがガリガリと、その音とも叫びともつかない、誰に届くかとどかぬかあるいは電離層で跳ね返ったきり行方知れずの高周波を、受信するのをひたすら耳をそばだてて待つか。

友人は言う。期待するなと。ただ進めと。期待すると、それが手に入らない時に絶望するから、と。求めて得られるものはごくわずかで、ただあるがままに生きた時に時折現れる束の間の悦びにしばし身を浸し、また日々を重ねていくのだと。

僕は求め過ぎなのだろうか?あるいは全て投げ捨てるつもりなのだろうか?

夜は必ず明けるが、明けるだけで。1日を創るのは自分自身にしか成せないことなのだから。

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