ニューヨークで仲良くなったBassのMichael Batesは二十年前に日本に居たんだそうだ。東急田園都市線の駒澤大学近辺に住んで居て、ラジオのDJをしたりしていたと言う。

そんな彼と話して居たら、とんでもないことが判明した。渋谷の今はなきSWINGというJazz喫茶にMichaelは出入りして居たんだ。SWINGという店は映像に特化したジャズ喫茶で、VHSやレーザーディスクの正規版以外におそらくTV放映版であろうジャズのライブ録画や海賊版と思しきひどい映像の録画も流していて、一体どこが供給源なのかわからないが、その量はおびただしいものであった。薄暗く床も妙に凸凹して、椅子もガタガタな店内に入り、泥のように濃いコーヒー、もしくはコーラを頼んでその気になれば、昼間から閉店する時間10時だか11時だか忘れたが、まで延々その一杯で嫌な顔一つされず居座り続けることができた。僕もおよそそのぐらいの頃、同じくSWINGに入り浸って居たので、びっくりした。毎週末頻繁に行っていたそうだから、もしかしたら遭遇して居たのかもしれない。

さらに、高田馬場のINTROという店にもセッションに行ったことがあるという。僕は実は二十年以上前に一度だけ行ったことがあり、その時マスターに、明け方まで「この下手糞」と延々なじられ続け、うんざりしたのを覚えている。なじられること自体よりは、その語彙の貧困さにうんざりした。何百回同じことを言うんだ、全然インプロヴィセーションじゃねえ。こんなつまんねえ店2度といくか、と心に誓った。

まあいいや。下手だったのは間違いない。

とにかく、Michaelがその頃に弾けた曲のレパートリーはわずかで、コードとかそういったものはまだ知らなかったらしい。しかもIf I were a bellはマイルスのアルバムのポールチェンバースの完コピしか弾けなかったそうだ。このアルバムに詳しい人はわかると思うが、これをそのままセッションでやると実は途中でとんでもなくおかしなことになるのだ。でも、Michaelはそんなことは知らなかったから、黙々とベースを弾き、他のみんなは当然途中で大混乱に陥る羽目になった。

あるいは、cherokeeをやる段になって、誰もベースをやりたいと手をあげなかったので、Michaelが手をあげてベースを構えた。でも話の流れで、やっぱりconfirmationをやろうとなったそうだ。残念なことにMichaelはconfirmationを知らなかったが、なんとそのままcherokeeを弾きだした。やはりみんな困惑するのだが、この時は別のベース弾きがMichaelからベースを奪い弾き始めて、その場は済んだらしい。

そんなMichaelだが、今や第一線のミュージシャンとして大活躍。面白いものだ。

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