デイヴ・ダグラスはアメリカのジャズ・インプロヴィセーションのプレイヤー、コンポーザーでかつgreenleafmusicというプライベートレーベルの運営者であり、さらには毎年九月に行われるFestival Of New Trumpet Music(FONT)のco-curatorでもある。

FONTといえば、クラリネット業界では、クラリネットフェスタなるものが世界のどこかで確か行われていたと思うし、僕も、はるか昔に日本開催された時に、一度縁あって参加したことがある。印象としては、どこか運営のうまくいっていない、生”ゆるい”ずさんな企画だった印象がある。とりあえずクラリネット吹きを片っ端から集めて、ギャラを一部のご高名なミュージシャンにはお支払いし、後の連中にはボランティアで出場願う、そんな感じだった。

クラリネットフェスタにはキュレーションという概念は存在しなかったと思うので、ただ集めました感満載の、内輪の会のようなものだった。誰に向けて、何を伝えたいのかが全くもってよくわからなかった。まあ、その時にスクラヴィスとポルタルのデュオを見ることができたので、そこまで徹底的に貶しはしないが。

翻って、FONTは、現役のワールドクラスのクリエイティヴなミュージシャンが主導して音楽の様々な側面をトランペットという楽器を通して音楽を愛する人々に届けようという意思がすごくクリアーに伝わる。

まず最初に”音楽”があり、その次にトランペットという楽器が来るのだ。もちろん性質上トランペットプレーヤーに向けたパネルディスカッションもあるのだが、内容はトランペットプレーヤーでなくとも興味深いクリエイティブな内容だったり、さらには人生についての示唆に飛んだディスカッションだったりする。

実際のフェスティバルでは、ニューヨークの各所でキュレーターが厳選した世界中のトランペッターが集まりライブを一週間に渡り開催する。クラシック、ジャズ、即興音楽、現代音楽、メキシコのブラスバンド、アラブ系の民族音楽etc…様々な音楽がそこにはある。

僕はFONTを実際に見たことはない。ある程度詳しく語れるのはダグラスのpodcastをチェックしていて、毎年彼がFONTを取り上げるからだ。機会があれば是非見たいと思っている。

で、今年もそれについてのアナウンスなのだろう、最新のpodcastを聴きながら、思った。

クラリネット屋にはおんなじことができないものかねえ。

思うに、クラリネット屋は分断と、相互忌避がはなはだしい気がするんだよね。クラシック屋は先生をピラミッドの頂点とする門下生の気持ちの悪い縛りと利権(先生の使っているメーカーじゃないところの楽器を使うと破門になる、なんてことも人によってはあるそうな)でがんじがらめになり、そして自分たちこそ真のクラリネット屋だ、と仲間同士で傷を舐め合い、時々楽器が上手だからどんなジャンルも超えて演奏できるよ、と、商店街でかかるようなインストBGM崩れを作ってみたり、ジャズではスウィング屋が原理主義者のごとく、もはやクラシックと化した音楽を飽くこともなく続け、フリー屋とかインプロ屋はそんなスウィング屋を蔑むかのように見下し、そのくせ、たいして代わり映えのしない、指癖”でたらめ”雑音を観客のいない壁に向かって垂れ流し、時代が自分に追いついてねえと吐き捨て、肉体労働のバイトに出かける。

正直つまんないんだよね、そういうの。楽器が前面に出ている限り、ロクでものないことしか起きないぜ。クリエイティブな音楽をやってくれ。

クリエイティブな音楽って?

単純だ。”Play your own things.”お前自身の、お前だけのものを演れ。

失敗するかもしれない、誰も聞いたことのない、そして受け入れられるかどうかもわからないけれど、無性にそうしたくてたまらないから演らずにはいられない、そんな音楽をやってくれ。そうしたら、周りが見えてきて、刺激が欲しくなり、すると、今まで自分が否定してきた領域が君に微笑みかけるんだ。「ようやく、人のやったことや人の決めたことじゃなくて、自分で決めたことに立ち向かうようになったのね。」ってね。

みんなは、君自身の心の底で感じたことを知りたいのであって、東京芸術大学、パリ音楽院、バークリー音、ニュースクール、ジュリアード、CAL ARTSで教えてもらったことを知りたいのじゃないんだ。ミシェル・アリニョン先生にお稽古つけてもらったことなんか、どうでもいいんだ。まあ、それはそれでいい経験かもしれないが。でもみんなきっと、君がどんなバカな失敗をしたり、どんな素敵な恋をしたり、どんな悲しい別れを経験したり、どんな驚くべき冒険をしてきたかを、音楽を通して感じたいんだ。君にはそれを赤裸々に伝えられる感性と能力と情熱こそが必要だ。先生に教えてもらった、先生の言う”上手で綺麗な音”の出し方を忠実に実行する奴隷のような君であってはならない。

デイブ・ダグラスがどこかのインタビューで言っていた。

Playing music is something like how to say I love you.

答えはいくつもある。自分の答えをはっきりと言い切るんだ。

さて、話がだいぶそれたがFON”C”は可能なのだろうか。そんなことを考えたので、書き留めておくことにした。

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