作曲というのは不思議な行為だ。楽器を始めた頃は、作曲する人と演奏する人は別で、自分は演奏をする人なのだと当然のように思っていた。曲を作るなんてこと、できるはずもないって。それが、ジャズを見よう見まねでやるようになり、アドリブをやるようになるにつれて、いつしか、曲を作るということが自分の中で必要なことに思えてきたんだ。

なぜ必要かっていうと、僕が思う即興演奏は、自分の中に何かしら浮かんだものをアウトプットする行為だからだ。もちろんこれはかなり単純化した考え方であって、即興の本質は別のところにあるに違いないのだが。

いずれにせよ、自分の中に浮かぶものと向き合う作業が必要で、それは、作曲という行為を通して実現できることに気がついた。そして、その向き合う作業は年を経て変化していく。

最初の頃は、まずベースラインから作り始めていた。それにメロディーを乗せる。そんな作り方が、いつ頃からか、メロディーに対するベースラインになり、やがてメロディーともハーモニーともつかない不確実な音の構成へ向き始めた。音楽理論はごくごく基礎的なものしか知らないが、それすらも意識しないようになる。

ここ数年で気がついたのは、熟考したからといって、納得のいく作曲になることはない、ということだ。自分で気に入ったものは、大体1時間ぐらいのまとまった時間で大枠がほぼ決まることが多い。そして、その作業中の感覚は、即興をやっている時と同じだ。

ほぼ、何も考えていない感じ。”そう聴こえるからその音”とでもいう、理由をつけない感じ。こうしたら、面白いかなという感じ。何か上手いことを思いついた時の、心踊る感じ。

思考というより、感覚といったほうが良いのだろうか。あまり深く考えない状態で作曲したほうが、良い結果になることが多いのだ。つまり、即興だ。

作曲compositionと即興improvisationが同じ状態になっている今の状態、つまり”comprovisation”が、この先どこへ向かうかはわからないが、これが今の自分の立ち位置だ。

 

1件のコメント

  1. 「自分の中に浮かぶものと向き合う作業」逃げたくなる!時がある!!….というより難しいと思っている私。
    学さんの即興、ききたい聞きたい聴きたい!!
    P.S 理由なんて要らないよね(^^)

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