メールに書かれた住所にたどり着くと、確かに”Red Door”の3階建のアパートメントがあった。赤い枠にガラスがはめ込まれたそのドアの内側は白いカーテンに覆われて、中の住人の気配を感じさせなかった。

ベルを鳴らす。

ほどなくして、覆われたカーテンがゆらりと動き、その男は現れた。

20年以上前に初めてCDでその音楽に触れて以来、ずっと聴き続けて来た男だ。その音楽は複雑で、長大で、謎めいていた。僕はその迷路にはまり込んで抜けられなくなってしまったのかもしれない。とにかく、僕の音楽嗜好はこの男の影響を受けている。もしくは同じ嗜好の持ち主なのかもしれない。色々な音楽家の音楽を聴いているつもりなのに、その音楽のそこかしこに、この男の何かが仕込まれているのだ。

ティム・バーン

穏やかな表情で扉を開け、僕を迎え入れる。3階へ上がれと言われるままに上がる。大学時代はバスケットボールをやっていたというだけあって、背が高い。むしろ大柄と言うべきか。

上がった突き当たりの扉を開けると、だいぶくたびれたドラムセットが無造作に置かれていた。かなり古い型のキーボードもある。これが彼のスタジオだった。譜面台はゆがみ、床には大量の使い古したリードが散らばり、楽譜もあちこちに山積み。散らかった部屋だ。でも、わるくない。こういう部屋は、わるくない。

何をやりたい?と問われたので、初めて彼のアルバムを聴いた時の話をした。それは、ティム・バーンの師匠でもあるジュリアス・ヘンフィルの曲を自分のプロジェクトで取り上げた、”Diminutive Mysteries”というアルバムだ。

“わけわかんなかったけど、なんだか引き込まれて、それ以来あなたの音楽を聴き続けているんだ” と伝えた。これだけは言っておきたかった。

そうしたら、アルトを手にし、これだろう?と、ひとフレーズ吹いた。

初めて、じかに聴く音。

楽器を組み立て、まず20分ほどの即興演奏をする。それは本当に”ぶっ飛ぶ”体験だった。化学反応という言葉は理解できたつもりだったけど、心底感じることはそれまでなかった。でも、こういういう瞬間を求めて即興演奏をして来たんだということが、手に取るように感じられる。そして、自分がやって来たことが間違ってなかったということも。今でもその時のセッションの録音は聴きかえす。そして、またあの瞬間を求めるのだ。またあの音楽を、あれを超える音楽を、いや、むしろ予想し得ない中で夢中で音を紡いでいく時間の連続を。

“you are a good improvisor”

帰りがけに、ティムが録音に立ち会った、ジュリアス・ヘンフィルのソロアルバムをもらう。ティムの主催するレーベル、screwgun recordsでリイシューしたもので、今となってはとても貴重なものだ。赤い扉から一緒に外に出て、セントマークスアヴェニューを途中まで並んで歩く。夜7時でもまだ外は明るい。夏のニューヨークは陽が長いのだ。

“ブルックリンはいいところだね、マンハッタンから戻って来るとホッとする”  ”ああ、マンハッタンはcrazyだ”  そんな話をしながら。”いつかブルックリンに住みたいな” と言ったら、

“Yeah,you should”

交差点で、お互いに反対方向に向かって歩いて別れた。夕暮れまでにはまだ間がある。ブルックリンブリッジのたもとに行くまでに。

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